なぜこの企画?演出家とアイルランド在住翻訳家がZOOM座談会

なぜこの企画?

演出家とアイルランド在住翻訳家がZOOM座談会


インタビュアー:吉野香枝

参加者:三輪えり花、青柳敦子、石川麻衣


本日は、どうぞよろしくお願いします。

(御三方のうちとけた様子を見て)皆さんはだいぶお付き合いが長いんですか?

青柳

えり花(三輪)さんが国際演劇協会の中で、英語圏部会という自主的なグループを立ち上げられて、そこに私も麻衣さんも所属しているという感じですね。

三輪

私は2008年くらいに国際演劇協会に入ったのかな。

石川

二人は私の大先輩です。私が入ったのが5年前くらいだから。

今回上演される作品は、どうやって選んだの?

昨年リーディングが行われた『橋の上のワルツ』を、今度はちゃんとした芝居にして上演しよう、というところから始まったと聞きました。

青柳

コロナ禍でみんな止まっちゃった時に、コロナ禍に書かれた戯曲を、ということで、アイルランドにこんな芝居があるよ、と石川麻衣さんが見つけてきてくださいました。

三輪

コロナ禍だけに縛られていない普遍性があって、お芝居としての構造や、いろいろな要素が面白くて、しっかり上演したいね、ということになったの。

青柳

コロナを直接的に描いているわけではなかったからですよね。

石川

音楽の選曲が密かにコロナと繋がってたってことはあったんだけど、表向きは見えにくいからね。ドビュッシーの『月の光』が流れるけど、あれなんかもね、コロナ禍で孤独を感じて眠れない人のためにピアニストが弾いて世界に発信したって言う選曲なんだ。けど、一見わからないんだよね。

三輪

誰とも触れあわないで上演できるように書かれているしね。

石川

距離感とかね、モノローグで進んでいく形式とか。

石川さんが戯曲を見つけたきっかけはなんだったんですか?

石川

現地で配信されてたのをたまたま見てて、とてもいい作品だなって頭の片隅に残ってたんだよね。そしたらITIJ(国際演劇協会日本センター)が作品を探しているというので、勢いでエージェントに電話しちゃって。やっちゃえ、やっちゃえって(笑)でも結果、すごく評判で。

レディ・グレゴリーはどのような経緯で選んだんですか?

三輪

ITIJでも、何かまた12月ごろに作品をやりたいな、というのがあって、英語圏部会としては何かないかと探っている内に、ウクライナのことが始まってね。国際演劇協会はユネスコの下部団体だし、平和のためにお互いの文化を学び理解し合おう、という理念で動いているから、戦争反対のメッセージ性を持つものを探そうと思ったの。アイルランドも内紛の歴史が長い国だし、これはいいんじゃないかと思って、「アイルランド 女性作家 昔」で探したらレディ・グレゴリーが見つかってね。アイルランドの代表的な作家を発掘し、支援し、世に生み出していったのが彼女だって分かったの。

生み出す、ですか?

レディ・グレゴリーとは?

三輪

演劇ってお金がかかるでしょ。大英帝国時代は上流階級のものだったの。でも、彼女が劇場を作って、大衆のための短編を作って、劇作家を生み出して、アイルランド演劇の素地を作ったのよね。合ってる?麻衣さん?

石川

うん。アイルランドのアベイ座って、英語圏で初めての国立劇場なんですよね。すごく政治的意味があって。まず文化の力で独立を目指そうとした、稀な流れだったと思うんです。国ができる前に国立劇場ができちゃったんだから。

青柳

独立前なんだ。

石川

そう。アート、アーティストから、独立精神が生み出されたの。イェイツ(※1)は、レディ・グレゴリーが大事に育てた人で有名だよね。当時、プロの役者はイングランドにはいたけどアイルランドにはいなかったの。フェイ兄弟っていうアマチュア劇団を運営している人たちと、レディ・グレゴリーとイェイツが一緒になって、演劇を作ったのが始まりなんだって。

彼女自身はアングロアイリッシュ(※2)で、大兄弟の中で寂しい思いをしながら育ったんだけど、乳母がアイリッシュだった(※3)から民話とかを乳母から聞いて育ったんだって。レディ・グレゴリーはアイルランドに人生を捧げた人で、とても素敵な人。

※1:ウィリアム・バトラー・イェイツ。アイルランドの詩人、劇作家。民族演劇運動を通じてアイルランド文芸復興の担い手となった。

※2:英国からアイルランドへ移住してきた人々、およびその子孫とされる人々。

※3:乳母のメアリー・シェリダンがゲール語系であるアイリッシュという言語を話す、生粋のアイルランド人であり、彼女の影響を強く受けたと言われている。

青柳

演劇だけでなく、民話や神話も復興したって。

石川

アイルランドの西の方にイェイツと一緒に行って、口頭伝承を集めて、英語で残したりしてたの。アイルランドってイギリスと対照的に見られてたけど、アベイ座を建てることで、アイルランドへの”野蛮”や”感情的”というイメージを脱却して、アイデンティティを確立しようとしてたんだね。

青柳

アイルランドの言葉で初めて戯曲を書いたんですか?

石川

アイリッシュイングリッシュで書かれた、ですかね。ちょっと語順が独特なんですよね。

青柳

えり花さんから見ても独特ですか?

三輪

今回の翻訳を麻衣さんがご覧になったら「違うだろ!」ってところいっぱいあると思う(笑)

石川

いやいや、自由ですから(笑)

三輪

今回は、地名の読み方が自信なかったから、麻衣さんにちょっと伺って。翻訳自体は英語圏部会が育てた新進の翻訳家(石井あつこさん、斉藤健志さん)が二人で行いました。

青柳

えり花さんが講師をしている、翻訳者養成講座を卒業して、一緒に英語圏部会で活動している方ですよね。翻訳監修はえり花さんが?

三輪

そうですね。でも、「これよくこう訳したなあ」って、すごいなって思うところがいっぱいありました。

石川

アイルランド語は、詩とかに使うとすごく素敵な感じがします。聞いてるといいんですよね。日常で使うよりも、詩的なものに合う言語。でも今、消えつつあって。学校で必須科目なんだけど、点数は百点が取れてもしゃべれないとか、課題は山積みみたいですよ。

三輪

ちょっとそれちゃったけど、青ちゃん(青柳敦子)の『橋の上のワルツ』と同じ企画に入れるのに相応しいか悩んだ中で、同じアイルランド、昔の作家でしかも女性。すぐ麻衣さんに「レディ・グレゴリーとはアイルランドではどんな人とされているの?」と伺ったら、”アイルランド文化の母のような人”って言われたから「これだ!」と思って。とてもいい組み合わせになったと思います。

アイルランド演劇らしさ?

アイルランドの戯曲には、何か「アイルランドらしさ」みたいなものがあるんでしょうか?

青柳

『橋の上のワルツ』に関しては、ストーリーテリング、口頭伝承の話もありましたけど、物語を人前で話すというパフォーマンスがアイルランドには伝統的にあるそうで、その要素が多分に残ってると思うんです。登場人物が三人いるんですけど、三人とも、一回もお互いに、アイコンタクトすら取らないんです。一幕が終わるまで。それぞれが観客に向けて話すんですが、タイミングやテンポの組み合わせで、掛け合いをしているかのような効果があるのが面白いなって思っています。

石川

そうですね。(アイルランド人は)よく喋ります!

(爆笑)

石川

ストーリーテラーの血が入ってる。詩人もすごく多いの。演劇に関しても、言葉の雨が降り注ぐ感じなんですよね。あと、ブラックジョークが好きだね。日本とアイルランドを行き来するとよくわかるんだけど、日本って人情もの?御涙頂戴もの?が多いじゃないですか。でも、アイルランドでそういうの見たことない。悲しみも全部笑いにもってっちゃうんだよね。思いっきりブラックか、すっごく美しいか。両極端かな。

三輪

私はイギリスものもよく訳すんだけど、イギリスの作品は都会感があるの。地方で地方の作家が地方のことを書いてても、世界的には都会の人、ってのがあって。その中で、新しい問題について「とんがっていくんだぜ」って人が多いイメージなの。でも、私の好きなオスカー・ワイルドとかロンドンで昔から活躍してきた文豪たちには、アイリッシュがすごく多いの。そういう人たちって言語がすごく素敵だし、麻衣さんが仰るように、いろんなものを笑いにもってっちゃうところがあるよね。現代アイルランドは…私が観てたのは麻衣さんよりもうちょっと昔だけど、アイリッシュノスタルジーっていうか、ファーム、農家のファミリーもの、とか。現代のことを書いていてもルーツが農家のファミリーであることのアイデンティティーってあるように感じたなあ。

青柳

あ。最近、「アイルランドの芝居やるんです」って老齢の方にお話ししたら、「アイルランドかあ。アイルランドの芝居っていうと、いつもミステリアスで幻想的で…化け物とか出てくるよね」って言われて(笑)

(爆笑)

青柳

「現代は違うと思いますけどー」って言ったんですけど、私の言葉じゃ説得力がなかったです(笑)

三輪

でも、アイルランドの演劇の歴史ってすごく短いよね。アイルランド人が文化的に活躍できるのはロンドンに出てからだった。それをレディ・グレゴリーがナショナルシアターを作って、アイルランドで活躍できるようなったのが100年前。まだまだですよ。

石川

そうなんですよ。さっきえり花さんが仰ったように、ホームカミング、帰郷っていうテーマはすごく出てきますね。

今回の企画について

今回の作品を上演する意味って、どんなところにあると思いますか?

三輪

まず一つは、『橋の上のワルツ』とレディ・グレゴリー短編二作を、セットで観るっていうのがとても面白いと思う。現代の女性劇作家と、100年前にアイルランドルネサンスを切り開いた女性が、それぞれどんな視点で作品を作ったのか。片や、お芝居に興味のなかった人たちに、観る価値があると伝えるために書かれた作品。片や、お芝居が身近なものとして根付いた現代に、コロナで劇場に行くことができなくなって、コミュニケーションが取れなくなってしまった時に書かれた作品。どちらもライブステージがなぜ必要かっていうことを問いかけてくれるし、わからせてくれると思う。グレゴリーの作品は、ウクライナ(小国)とロシア(大国)の関係を考えさせつつ、その中で普通の人たちがどうやって対峙して生きていけばいいのか、すごく身近なドラマで描かれている。人々がよりよく生きようとする姿が、人間味があってクスッと笑っちゃって。こういう人たちに出会えてよかったなって思えるような作品にしたいです。

青柳

両方観てっていうのはすごく、その通りですよね。100年前の人間が描かれて、今の人間が描かれて、それでも同じものっていうのが浮き彫りになるんじゃないかと思ってるんです。タイトルにもある飛行機は、きっと時間も越えるんだろうなって。単にクラシックな作品、モダンな作品っていうんじゃなくて、普遍的な”人”というものの姿で繋がるような気がするので、楽しみです。

それに、去年は感じなかったんですけど、『橋の上のワルツ』終盤で出てくる「そうして日常に戻っていったんです」という言葉が、自分に重くしみじみ響いてくるんです。人が日常を日常らしく過ごすことの貴重さを、コロナ禍で感じましたし、オンラインではなく、出会い、触れ合い、一緒に何かをできることの意味を再確認しました。「ワルツ」の言葉は麻衣さんがタイトルに入れてくれたんですけど、三人の登場人物が交わることなく踊るように、それぞれの人生を語ってくれて、交わっていないようで、同じ一つの世界で、どこかで触れ合ってるような。コロナ禍ですごく重要だと思うものと、リンクしてくるように感じてます。何かそういったものを持って帰っていただけたらと思うんですけど。

石川

去年、能力主義に警鐘を鳴らす本が出版されてね。階級によって差別をされていた時代は、いいことではないですけど、自分の状況に対して言い訳ができたんですよ。でも、全ての人が平等になったときに、今の自分の状況は自分のせいだっていう、苦しい時代になったって内容だったの。『橋の上のワルツ』に出てくるバスの運転手がいるんだけど、何気ない毎日の、でも絶対に必要なバスっていうものがフィーチャーされてるんだよね。その人を見ているとホッとするんだよね。「競い合うんでなくてワルツを踊りましょう」という話でもあると思うので、能力主義に警鐘を鳴らすような部分があるような気がしました。レディ・グレゴリーは単純に楽しみ(笑)。月を見て男の人が並んでいるなんて『ゴドーを待ちながら』みたいだし、もう一つの方は、お互いが喧嘩し合っているのに離れられない、っていうのが、レディ・グレゴリーが「一人でいるより二人で喧嘩し合っている方がマシ」って言ってるみたいで。シンプルで、でも人間味のポイントを掴んでいて、身近で面白い。とってもいいですよね。

ますます上演が楽しみになりました!

貴重なお話、ありがとうございました。


三輪えり花

演出家・俳優・翻訳家。 ロンドン大学演劇修士。国費で英国王立演劇学校へ長期研修。東京藝術大学や新国立劇場で講師歴任。公益社団法人国際演劇協会(ユネスコ傘下)日本センター理事。

演出作品は主要紙にて多くの好評を得、紀伊国屋演劇賞等を出演者やスタッフが受賞。

シェイクスピア紹介活動はNHKラジオ深夜便にもたびたび取り上げられ、また、演技力は海外の演出家からも高く評価されている。

著書:『シェイクスピアの演技術』『英国の演技術』(玉川大学出版) 翻訳:モリソン著『クラシカル・アクティング』、ジョンストン著『インプロ』(而立書房)


青柳敦子(あおやぎ あつこ)

国立音楽大学卒業。

在学中よりオペラ演出家/三谷礼二に師事。その後、デボラ・ディスノー(米/映画監督・演出家)に師事し、アメリカ最先端の演技・演出法を獲得。

テアトル・エコー所属 プロデュース・ユニットぐるっぽ・ちょいす主宰 INTENTION WORKSHOP講師

主な作品
■ モーリス・パニッチ作『ご臨終』 演出
■ 宮沢賢治へのオマージュ 『か・え・る/KA-E- RU』 作・演出
■ Festival de Teatro Alternativo 招聘作品(コロンビア)
■ ジョージF・ウォーカー作 『エスケープ フロム ハピネス』 翻訳・演出 (日本初演)


石川麻衣


米国生まれ。神戸大学卒業後、UPSアカデミーで演技を学ぶ。

タップダンサー、銀座クラブのシンガー、俳優、NHK Worldレポーター、ナレーター、通訳を経て翻訳業を開始し、報道翻訳から英語字幕まで幅広く手掛ける。

パフォーマーとしては、アヴィニョン演劇祭やKYOTO EXPERIMENT 等に出演。

主な翻訳作品は、イヴ・エンスラー作『Necessary Targets-ボスニアに咲く花―』、デビッド・アイルランド作『サイプラス・アヴェニュー』等。2022年12月には、ダブリンに拠点を置く劇団The Corn Exchangeとベテラン女優を集めた東京の演劇集団Ova9のコラボレーション企画『ダブリンの演劇人』(マイケル・ウェスト作)上演予定。

アイルランドの老舗劇団PAN PANからメンターシップの奨学金を受け、自身の作品を執筆中。

現在アイルランド、ダブリン在住。 


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